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継松寺の由緒

継松寺の歴史

History of Keishoji

継松寺 開創の縁起

当山に伝わる『継松寺儀軌』によると、聖武天皇の勅願により行基菩薩が創建しています。

東大寺建立の大事業が無事成功することを祈願するために建てられた寺院でした。
聖武天皇42歳の厄年の際に、ここのご本尊如意輪観世音菩薩を宮中にお奉りし祈願した後、再び当山に安置したことから厄除け観音としてこの地域の厄年の参拝者が多く訪れます。

後に洪水によりお堂は流失しますがその際に海中よりご本尊を拾い上げた二見の漁師であった三津五郎右衛門正信が弁財天のお告げを聞いて出家し継松法師となりお寺を再建したことから継松寺と名付けられるようになりました。

また弘法大師空海が当山に逗留した折に本尊の両脇に不動尊と毘沙門天を造り安置したと伝えられています。

元は石津にありましたが、慶長17年(1612年)松阪城主古田重治により現在地に移されています。

本堂拝殿中央(寺号・木庵書)

初午大祭

ご本尊「如意輪観音」は俗に厄除観音として親しまれている日本最古の厄除霊場です。

毎年3月初午の日を中心に前後3日間にわたり「初午大祭」が行なわれ、厄年に当たる男女をはじめ多くの参詣者や露店で賑わいます。

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©宗教法人 継松寺