岡寺山 継松寺 厄除け 三重県 松阪市 初午大祭

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本居宣長展のお知らせ
■場所
三重県立美術館開館35周年記念展V

■開催期間
2017年9月30日(土)〜11月26日(日)

第9回 観音市

   平成29年 5月18日(木)午前10時〜午後3時 当山境内

     手作り品バザーをはじめ、観音市限定和菓子、お茶の接待など。


宝恵駕籠
戦前と戦後の一時期、初午大祭の名物であった
宝恵駕籠行列が平成29年も3月8日(水)初午大祭の
本日に行われます。
午後2時頃プラザ鈴出発
午後3時半頃岡寺到着
(雨天中止)
巡行予定コース
 プラザ鈴(本町)→日野町交差点→松阪駅前→
 日野町交差点→浜口農園→岡寺

お問い合わせ
 松阪厄まいり宝恵駕篭道中行列実行委員会
  0598−26−5298  0598−26−8880

厄除け 三重県 松阪市 厄年 文化財

今年の一字展
 皆さんそれぞれ自分にとっての今年の一字を考えていただき、それを書にしたものをお寺の書院に展示いたします。
     募集期間 12月末まで
     展示期間 大晦日〜1月上旬

 この一年を振り返りながら書を楽しんでいただけたらと思います。詳しくはお寺へお問い合わせ下さい。

    
厄除け 三重県 松阪市 厄年 文化財

厄除け 三重県 松阪市 厄年 文化財
初午大祭で身に着けていたものを落とすことについて
厄除け 三重県 松阪市 厄年 文化財 近年ハンカチなど、身に付けていたものを
落としていかれる方がたくさんみえますが、
これは古くからある習慣ではありませんし、
お寺ではおすすめしておりません。

現在これらのハンカチは一部の新しい物については
古着などと一緒に海外に贈り、リユース
されていますが、大部分がゴミとなってしまいます。

厄年について
厄年と言うと一般的にはよくないことが起こりやすい年と
考えられがちですが、そういうものでもありません。
厄年の起源ははっきりとは分かりませんが、
一説には役職の役からきたとも考えられています。

昔は男性は42歳になるとその集落で重要な役職に当たるため、
お払いを受け身も心も清めてその職責を全うしました。
25歳では大人の仲間入りをし、61歳で老年組に変わります。
それぞれ節目の年として厄年の行事が
個人の自覚と社会的責任をうながす意味を持っていました。
女性の厄年も男性のそれに相応しています。

ただし私も何年か前に42歳の厄年を終えましたが、
その年になると気を付けていても
身体のあちこちが弱ってきているのを実感しました。
今では毎年きちんと健康診断を受け、厄年のときは特に念入りに検査しました。

現在でも42歳になると家庭でも職場でも地域でも
重要な立場にいることが多いと思います。
これからもそれらをしっかりと担っていくため、
ここらで一度現在の自分を見つめなおすことは大切だと思います。

厄という漢字の原義は木のふしであり、
これは製材や工作するのに不便なことから
転じて災厄・苦難の意味に用いられるようになりました。
しかし竹などでも長くて強くなるには節があってこそです。

今後の人生をよりよくするためにも節目となる厄年をうまく過ごして
迷信などには惑わされないようにして下さい。

厄年年表はこちら

初午大祭についてはこちら

住職のひとりごと
 表題の通り住職の個人的な見解などであり、お寺としての意見ではございません。勝手なつぶやきと聞き流していただければいいですし、何か考えるきっかけになれば幸いに存じます。

 熊本をはじめ九州では地震が続いて甚大な被害が出ている。一刻も早い収束を祈るばかりだ。何時自分の周りでも起こるかも知れないという心の準備も絶えず持ち続けたい。このような自然災害がある度に、日本は地震国・火山国であることを実感する。そもそも地球は絶えず変化している。地形も変わって当たり前だ。そんな中で様々な研究によってリスクを減らしていくことはできても、あたかも自然をコントロールできるような考えを持つのなら思い上がりも甚だしい。関連する場面での判断はとにかく慎重を記して欲しい。(4月16日)

 しばらく更新できないでいたが、「ひとりごと」始めて2年が経った。後で読み返してみると、書いた時の感情もなんとなく思い出せて興味深い。いろんな時があり、書くことで気持ちを消化させていることもある。好き勝手に書いているのに思わぬ人から読みましたと言われ、小っ恥ずかしい思いをすることもある。今年になって、書いてある内容に関して初めて御礼の葉書をいただいた。ひとりごとでも何かの役にたつことがあるんだと嬉しくなった。もう少し続けていこう。メディアが賑っている時はひとりごともたくさん出てくる。(6月21日)

 この二ヶ月間毎日桝添さんのネタでメディアは溢れうんざりしていたが、辞職で少し落ち着いたようだ。都の職員も毎日苦情で大変だったが辞任にほっとしたとコメントしてる人がいた。桝添さんをいつも間近で見ている都の職員達にも責任はあるだろうに人事のようなコメントに心配になった。苦情の中に知事の周りに対するものはなかったのだろうか。
 今回の辞任には都民やメディアの反応がとても影響を及ぼした。昨今何か問題が起こると世間の反応には凄まじいものがある。桝添さんの件はしょうがないと思うが、もう少し「なあなあ」でもいいんじゃないか思うことまできっちりしたがる風潮だ。忙しい現代人をさらに忙しくしたり、精神的な疾患にも繋がっている。寛容さがあってもいいところではそうありたい。(6月23日)

 参院選が始まりこの辺りにも街宣車が時おり通る。先月末には小泉進次郎が来松し、駅前は大変な人だかりだったとか。現政権の政策すべてに反対する訳ではないが、憲法を改正しようという一連の動きに関しては宗教者として賛成してはいけないと思う。与党は憲法改正が今回の争点でないとは言うが、前回の衆院選でもそう言いながらマニフェストには書かれていたことから選挙後に国民の理解を得たという信じられない発言が総理の口からあった。今回も争点じゃないと言いながら改正のための議員数確保を何とかしたいという魂胆が気にかかる。(7月5日)

 都民ではなくてもついつい関連番組を見てしまう都知事選。都の問題点というのは大方決まっているのであろうか、政策論争もあまりなく選挙戦が進んでいる。暑い時期の選挙は体力・年齢の差がわかりやすい。一方、高校野球をはじめ学生たちの熱い戦いも日々気になる。唯ただ皆が思い残すことなく力を出し切れることを祈る。(7月26日)

 お盆に終戦記念日と「いのち」について考えることに忙しい時季だ。戦争を知らない我々の世代は益々敏感になって心配していかなければならない社会になっている。都知事選の時はいったい何ができるんだとずいぶん非難された鳥越さんも石田さんも、そんな不安や心配から何かやらなきゃと立候補を考えた動機を考えればとても純粋でそんに叩かなくても思う。今後自衛隊などは実際に人を殺戮しなければならない状況を想定して行動することも増えるんじゃなかろうか。そんなところからも平和を愛し「いのち」を大切にする心が壊されてはしまわないか不安でたまらない。(8月15日)

 先日ある研究機関がこの先125歳を超える人類が出現する確立は1万分の1以下であるという発表をしていた。平均寿命はいまだに延びている人類であるが最高齢の記録は既に頭打ちになっている。当山でも行なうがお寺には四萬六千日という行事をするところがある。46,000日とは126年弱である。この年数は寿命の限界だと昔から考えられてきた。偶然かもしれないが、古くから言い伝えられたことが近年の科学や調査で裏付けされることはちょくちょく起こる。もっともっと昔の知恵を大事にしたり瞑想などで磨いた感性を日々の生活に役立てていけたらなあと思う。(10月8日)

 昨今はマラソンブームがきているらしい。大きな都市でも都市型の大会が開催されているが、人気が高く申し込んでもなかなか出られない。健康志向は結構だが、マラソンブームがやってくるのは社会に精神的閉塞感が広がっている時だと指摘する学者もいる。現在の社会情勢はそれに該当するのだろうか。いずれにしろ走ることで手軽に不安感を払拭することができるし、精神安定剤や抗鬱剤を飲むような効果も実証されている。30年以上ランニングを続けているが、辛苦の際や落ち込んだりしてもそれなりに自分が人生を歩んでこられたのは走り続けてきたことがかなり寄与しているのは間違いない。ランニングは四季を通じてそれなりの楽しみを見出せるが、10月・11月は始めるのにベストシーズンだと思う。(10月28日)

 地味婚気味の昨今であるが、芸能人の結婚式司会も数多く務めた徳光アナウンサーは結婚式は借金してでも派手にしろという。そこに覚悟や責任感が生まれるんだと。多くの儀式にはそういう側面もあり、厄年を迎える方々にも通じるところがある。お参りした時の気持ちや情景をしっかり心に焼き付けて欲しい。そして少なくともその年一年は何度でもその感覚を思い出せるのが望ましい。厄年の行事を派手にされる方もみえるが、直ぐに忘れてしまわないよう強く記憶に留めておくには大変効果的だ。初詣のお参りもとにかく心に刻むよう一生懸命お祈りしたい。 (12月27日)

  昨年から今年にかけてアスリートの方に何人かお参りいただいた。オリンピックで最高の結果を残された方もいれば、戦力外通告を受け新たな道を歩き始めた方、怪我に悩まされる方等々、スポーツの世界はシビアで明暗も現われやすい。勿論厄年を不調の言い訳にすることもできない。高いレベルで競技を続けていると様々な不安材料もあろう。自分を見つめ直す厄年には特にたくさん出てくるかもしれない。それらを一つずつ払拭していって、人としてもまた一回り成長してほしい。厄年がさらなる飛躍のきっかけとなることをお祈りいたします。(2月20日)

 お寺にお参りに来られた方が境内に入ってから受付などを探しているのかうろうろしていることがある。お寺や神社にお参りに行って山門・鳥居等をくぐると手水舎があったり、お線香やお灯明をお供えしたりするが、その後はまずは本堂や本殿にお参りして欲しい。そうすると受付なども大体分かるような配置になっている。昔から続くことは昔からの順序やしきたりも意識してみるとなるほどと思うことがよくある。(3月22日)

 前回の続きだが、分かりやすいように表示をすべきだろうかと悩むことも多々ある。堂内脱帽とか携帯の電源オフの表示もしている所も見かけるが、むやみに張り紙もしたくない。各自が慣れない所に行ってもこうしたほうがいいのかなと思い行動に移す。そういう意識が大事。(3月27日)

 年度末にはしばらく続いていたTVドラマも終わるが、伝記的なものは終盤回顧するシーンがよく登場する。以前はわくわくするような展開に心躍らせたが、最近は過去を振り返るようなところにジーンとしてしまったりする。自分が年をとったことを実感する瞬間であるが、人生の更なるステージに進んだ気もして、いろんなものに愛おしさをもって接することができるようになるんじゃないかと期待している。(4月5日)


岡寺山 継松寺・三重県松阪市の厄除観音の霊場